日本経済新聞 経済教室 地方活性化の視点 個性磨き地域発の「標準」を

1998年 12月15日掲載 日経新聞記事


改革・分権、国に先行 現場重視へ「分社化」推進

1 地域の「経営」推進には住民と行政の情報共有、政策形成への住民参加と行政組織の改革が柱になる。
2 具体的には原則公開を徹底する情報公開条例、長期計画策定への住民参加と、自治体が先端拠点に権限委譲する「分社化」などが有効だ。
3 分権推進には、個性を磨いて地域発の「標準」づくりを追求するなど「地域からはじまる」取り組みが必要。自治体同士が政策ノウハウなどを提供しあう強調体制も重要だ。


情報共有し一緒に経営を

 右肩上がりでない社会が到来するなかで、地方行政も発想の大転換を求められている。それは中央の発想に基づく画一的な行政運営ではなく地域の発想や個性に根差す多様な「地域経営」を展開することであり、行政システムと政策内容の両方で「地域からはじまる」個性的な取り組みを進めることにほかならない。
 筆者らが進める行政システムの抜本変革の核心は、次の二点である。第一は住民と行政のかかわり方である。今後は住民と行政が共同で地域経営を進めることが基本となる.双方が同じ土俵で考え行動していくには「情報共有」と住民の「政策形成への参加」の二つの仕組みづくりを並行して進めることが重要だ。
 その際行政は、住民の視点を重視した地域経営を進める必要があり、住民は望ましい公共サービスや今後の地域社会の在り方に関し「公」の視点を持ってかかわることが期待される。また行政は「由(よ)らしむべし知らしむべからず」から「行政の持つ情報は住民との共有財産」へと全面転換が求められる。
 岩手県は「県民に開かれたわかりやすい県政」をさらに推し進め、住民の「知る権利」と行政の「説明責任」を明記した、原則公開を基本とする情報公開条例を制定した。この条例では意思形成過程の公開にも踏み込むほか、電子メールでの請求も検討するなど行政情報へのアクセス向上に努めていく。
 またそれに先立ち、行政の隠れみのとの批判もある審議会の全面公開や予算編成過程の透明化、事務事業評価内容の公表、発表資料のインターネットでの公開などを相次いで実施している。そこで特に感じるのは、情報の受けての視点に立つことの重要性であり、役所言葉では難点があることを痛感した。
 住民の政策形成への主体的参加は、分権の究極の目的が住民自身による自己決定である以上、最重要テーマであり、立案・実施・評価の各段階への参加が必要となる。筆者は県内各地で直接住民の提言を聞く懇談会を重ね、そこで受けた二千六百件超の提言に関し、すべて政策への反映状況をネットで公表している。
 現在進めている県の長期計画の策定に関しても、県民八十人に一人、一万七千人余りの直接参加を得ており、膨大な審議録をネット上で公開しつつある。ただ長期計画の策定は住民参加の出発点に過ぎない。少子・高齢化などで社会の活力減退が懸念される中では、計画に盛り込まれた政策を世代や地域をつなぎ「皆で進める」ことが特に重要である。
住民参加の取り組みは緒に就いたばかりで課題は多い。今後それをより具体化するシステムが必要になる。例えば、住民生活に影響する政策決定などに関し、一般から意見を求めることや、公聴会などの実施をルール化するパブリックコメント制度の導入なども求められる。
 また住民の間に共同の機運がない場合は制度的な保証も全く無意味になってしまうことを銘記すべきだ。住民の参加意欲の高揚が求められるが、住民と行政との間をつなぐ橋渡しの役割を、双方に通じた非営利組織(NPO)などが担っていくことも期待され、その仕組み作りも重要になる。
 第二は組織の問題である。我々は県行政の徹底した「分社化」を進めている。分社化は事業部門の分離・独立により全社的な事業の再構築を進めようとする手法で、民間企業で採用され始めているが、同様の考えを県行政に導入した。

先端拠点置き分権を先取り

 当県の面積は四国に匹敵し地域により気候・風土や文化、経済条件は大きく異なる。分社化とは多様な特性を持つ県内十二地域ごとの地方振興局の権限を大幅強化し、住民に身近なところで物事を決める取り組みだ。この振興局は他県にあまり例のない、全ての出先機関を統合した県の総合的なサービスステーションで「地域経営」の先端的な戦略拠点でもある。
 各振興局に対し、住民に身近なサービスを中心に四百項目を超える大幅な権限委譲を進めてきたほか、政策の原点が現場にある部門を中心に、人員シフトを積極的に進めている。今年度は本庁の農業部門の職員の約二割を分社へ配置換えした。今後は土木部門などでも順次実施していく。また同振興局に予算要求権を持たせるなど財政・人事面の分権も進める方針だ。
 「分社化」により、現場で起きている事柄を十分に認識した上で、迅速に対応することは、前例が通じない時代に適した有効な手法である。また、地域資源をフル活用し縦割りでない総合的な地域経営を進めることにもなる。こうして「現場重視の地域経営」を徹底する一方、本庁は極力スリム化し政策の立案と評価に機能を特化させる。地方分権を先取りした県行政の分権ともいえる。
 当初は余り意識しなかった効果として、盛岡を向かずに現地中心に地域づくりを進めることで,青森、秋田、宮城など隣県との交流・連携が民間も含め活発になった点を指摘できる。
 今後は本庁との情報ネットワーク強化が重要な課題となる。県行政の一体性の確保、特に全県的な重要案件に関し迅速な意思形成に努めることも一方では求められるからである。電子メールを活用し各地域の状況を把握しているが、高速・大容量の情報通信網を構築して、例えば振興局長が本庁の会議にも映像などで参加できるようにしたい。
 行政システムの変革は、もちろん今後の政策推進の方向性と表裏の関係にある。地方は従来の「キャッチアップ」型の政策を改め、地域性の最大限の発揮を目指す「個性発揮」型の政策を推進すべきだ。当県は自らの地域を見直すことにより地域の個性をはぐくむ「地元学」を提唱している。地域資源を棚卸しし、主体的な創意工夫の下、さらに伸ばすことである。
 そこで重要なのは、地元学の実践により,独り善がりでない普遍的な価値のあるものを生み出す「地域発のスタンダード(標準)」づくりを進め、外に向け発信していくことである。

自治体連携しノウハウ交換


 それは、新しい地域文化であったり、安全な食料であったり、風土を生かした自然共生型のライフスタイルであったりする。例えば柳田国男で有名な遠野市では曲家(まがりや=岩手の伝統的建築様式)などを再評価し、確実に残しつつ環境負荷の小さい情報ネットワークにより利便性を高め、新しいライフスタイルの創出を目指している。
 分社化による現場重視の地域経営は、まさにこうした各地域の取り組みを市町村とともに行政面からサポートすることでもある。
 地域の個性を発揮することは、地域が内部発生的に光り輝くことであり、国土政策における「ガーデンアイランド(庭園の島)」の構築にもつながる。
 またそれは、各地域を個々の細胞に、国全体をその有機的な結合体に例えれば、細胞が自立的に成長することが全身の活性化につながることでもある。その際には細胞相互を有機的に結びつける動脈・静脈系(高速交通網・情報通信網など)の整備も必要だろう。
 最後に個性発揮型の政策推進に当たっては「自治体間のネットワーク」を多様なレベルで構築していくことを提唱したい。互いにノウハウを提供し新しいシステムを検証しあることにより、政策効果を高め、また全体のコストを下げることにつながるからである。
 今年度から三重、高知など五県の知事や有識者と研究組織「地域から変わる日本」を立ち上げた。この中では例えば県財政を単年度収支でなく、長期的な資産としてとらえるためのバランスシート(貸借対象表)導入など新しい取り組みを一緒に試していきたい。
 日本の変革には社会の仕組みを階層型から水平型に転換することが重要だが、その際には国に比べ構造が柔軟な地方が先行するのが本来望ましい。国が制度疲労を起こしている状況ではなおさらである。分権論議はともすれば国と地方の権限の綱引きの視点でとらえがちだが、今後の地域主権社会を展望すれば「地域からはじまる」という視点が不可欠である。