自治研 2002年4月号掲載文



  〜地域通貨「おうみ」の実践から〜


 本稿では、滋賀県草津市で発行している地域通貨「おうみ」の経緯と、約3年間の取り組みの中で出てきた諸問題や克服すべき課題の整理を行い、さらには行政のありようについても言及する。



【「おうみ」の経緯】

「おうみ」は、1998年5月に開設された草津コミュニティ支援センターで生まれた。企業から草津市に寄付されたこのセンターは、財団法人草津市コミュニティ事業団に無償貸与され、市民ボランティアによる運営となった。筆者は当時、事業団でその担当職員とし関わっていたが、「おうみ」を考案しその運営を支えたのは、センター運営に積極的に参画した主力メンバーたちだ。

当初、「おうみ」のアイデアは、「公設市民営」のセンターを成立させるためにどのようなしくみが必要かを協議する中から考え出された。ここで大きな影響を受けたのはニューヨーク州のイサカ市で流通しているイサカアワーズという地域通貨だ。しかし、いきなりこうしたシステムを導入することは難しいと考えた。普通財産とはいえ地方自治体が保有する公共施設で、また実験的なものだとしてもそれを理解してもらうことは並大抵のことではないだろうと思ったからだ。

そこで、最初はセンター内のクーポン券という位置づけで流通させることから始めていくことにした。

 このセンタークーポン券が地域通貨として進化をとげたのは、センターと団体との間だけでおこなわれていたやり取りから、ボランティアと市民活動団体との交換が生まれ、さらにはボランティア同士に交換の輪を広げたことによる。そのきっかけは、センターの事務局運営に携わる個人ボランティアが個人では使わない施設クーポン券を受け取ることによって生まれた「おうみ長者」問題だった。事務局スタッフが受け取った「おうみ」をセンターの利用券以外でも使えるようにしなければ、貯まる一方になってしまうのだ。そこで、センター利用団体が行うコンサートのチケットや講座、センターの喫茶サロン、無農薬野菜の購入などに「おうみ」が使えるように呼びかけていった。また、スタッフは自分の応援する団体に手持ちの「おうみ」を寄付することもあった。これは、活動には参加できないが、センターで活動を見ているうちに資金難がわかり、「おうみ」なら支援できるという発想からだ。受け取った団体はセンターの利用料金として使えるため、相互にとってメリットや交流が生まれた。こうして、ボランティアマネーとしての「おうみ」が一定の成果を上げることになる。

このボランティアマネーが更にステップアップしたのは、滋賀京阪タクシーの協力を得たことによる。タクシー会社は、後にNHKテレビのインタビューで「ボランティアは自分たちの殻に閉じこもっている」「もっと開かれたボランティア、通貨としての公開性を期待している」と述べているが、このことが我々自身にとって大きな刺激になった。同時に、地域通貨の取り組みに事業所が参画するというのは、センター内外共に大きな衝撃を与えた。市場経済との接合を否定する考えに基づいて地域通貨を考えているグループからは、この動きを危惧する声が寄せられたりした。また、行政関係者やセンタースタッフ・団体からも、共益的なボランティアマネーのしくみが確立していないうちに次のステップに移るのは早急ではないかと疑問視されることになり、結局このことが支援センターから地域通貨おうみ委員会が独立するに至った原因ともなった。現在「おうみ」を発行している当委員会は、2001年1月13日に任意団体として設立したが、2002年4月2日にNPO法人として認証を受けた。

センターのような「公設市民営」による公共施設のマネジメントシステムとして地域通貨を活用することは、地方自治法上での利用料金制度の考え方をわかりやすく表現するという意味でも大変可能性のあるしくみだと考えているが行政側のパートナーシップに関する認識不足やボランティアによる運営の限界などの理由で袂を分かつことになったことは非常に残念だった。

しかしその反面、独立したことによってその後の地域通貨の可能性をより広げていく展開ができたという意味では、選択として間違いではなかった。



【「おうみ」のしくみと諸問題】

 「おうみ」は、「おうみファンド」への寄付に応じて発行される。「おうみファンド」には現在67万円貯まっているが、当初から使われずにストックされているため、同額の6700おうみが流通していることになる。寄付によって発行される「おうみ」は、商品やサービスとの交換を保証される商品券や金券とは違い、一般的な市場価値を持たない。まちづくりのために寄付をした行為に対して、それを評価していく輪でつながっていくという考え方だ。このように、パブリックな価値や人々の信頼と信用を基礎とした「おうみ」は、お金を担保としたものとは全く違うため、プリペイドカードや商品券の発行の際に適用される「前払式証票の規制に関する法律」や「出資法」「銀行法」、さらには法定通貨に関する定める「日本銀行法」「紙幣類似証券取締法」の対象となるものではない。しかし、法的な不備によって地域通貨という新しいムーブメントに水を差すようなことになっては困るため、次の点に留意してシステムデザインした。

 まず、地域通貨発行の際に関係すると思われた関係諸法のうち、「前払式証票の規制に関する法律」は、有効期限を6ヶ月以内に定めるものについては適用されないため、「おうみ」は、受け取ってから6ヶ月以内に使用しないと無効になると明記している。前述したようにもともと商品券としては無効なものに有効期限を設けるのもおかしな話しだが、ため込まずにできるだけ早く使ってほしいという意志表示にも役立つと考えた。

次に「出資法」は、不特定多数の者から業として預かり金を預かってならないとされている。そこで、受け取ったお金が「預かり金」ではなく「寄付金」だということを明確にしてクリアーしている。さらに事業所が地域通貨を受け入れる際には、それぞれの所轄官庁との調整が必要となる。例えばタクシーの場合は、最近は料金の自由化が進んでいるが陸運局や公正取引委員会との調整が必要だ。2000年の6月にタクシー会社が「おうみ」を使うようになる際にはそうした機関と調整し承認を得た上でスタートさせた。税金については活用方法によって個別に判断されることになるが、タクシー会社の場合は受け取った「おうみ」も売り上げに算入している。映画館の場合は、フィルムの配給会社との関係もあり1000円よりディスカウントできないためそれより上回る入場料を「おうみ」で受け取っている。当初、映画館側は割引として処理しようとしたが、地元税務署と協議のなかで割引ではなく売り上げとして課税対象とすることになった。なお消費税に関しては、小規模な商店や個人間の取引は課税対象とならない。

さらに大きな問題として、国の通貨主権との関係から「紙幣等類似証券取締法」などについても問題にならないか検討してきた。しかし、最近になってさかんに論議されている電子マネーに関する国の審議会などの内容から分析すると、社会的な混乱を招くような事態にならない限り問題はないということが分かってきた。

なお、「おうみ」は当初横長のお札のような型とデザインによるものを簡易印刷して使用していたが、商品券や金券とは違い人と人をつなぐコミュニケーション・ツールであることをより明確に示すために、2000年10月より名刺サイズのものに切り替えた。また、使用している素材も琵琶湖の水質浄化機能をもっているとされる葦(ヨシ)や地域で集められた牛乳パックの再生紙を使うなど、地域性と環境にこだわったより信頼性の高いものに変更した。




【「おうみ」の現状】

現在の地域通貨おうみ委員会の活動拠点は、駅前繁華街にオープンした「ひとの駅」だ。「ひとの駅」は、「おうみ」を人と人とをつなぐ切符の役割だと考え、人が集いそれをやり取りする場をイメージして命名した。

センターという行政が一部関与し半ば閉じられた空間から飛び出して、商店街という経済生活の場で定着させていくアプローチを行うようになった中で特に力を入れたのが草津市商店街連盟(加盟店数366店舗)と共同で実施した「びわこづち」という新しい型の地域通貨の実験的事業だ。「びわこづち」は、琵琶湖の浚渫泥土で作ったしずく型の陶製コインだが、アクセサリーとしても使えるように紐を通す穴を開けている。「びわこづち」が従来の地域通貨と違う点は、商品貨幣的な要素をもっていることだ。地域通貨に商品性を持たせることによって、活用の幅が広がるのではないかと考えて考案した。当初は、協力店18店舗でのスタンプシール事業と併用したしくみで発行した「びわこづち」だが、2002年2月には商店街のイベント「七福神まつり」で1000個の「びわこづち」を配布し、期間限定ながら加盟店全店で使えるようにした。この事業は一旦終了したが、地域経済の活性化に役立つ地域通貨のしくみを現在開発中だ。

また、前述の事情により支援センターでは「おうみ」が利用されなくなったが、一方で新たに「おうみ」を活用した活動を積極的に展開する団体が現れた。その一つが大津市で活動されているNPO法人HCCグループである。このNPOには、「おうみ」貸し出し制度を導入している。これは、500おうみ(5万円相当)を市民活動団体に1年間無利子無担保で貸し出し、それぞれが工夫しながら利用していくシステムだ。大津市のグループではボランティアとして活動に参加した人に「おうみ」を配布し、毎月独自に実施している「おうみマーケット」で野菜や手作り品などと交換できるようにしている。

また、守山市の活動拠点「守山ステーション」でもこの制度を導入しているが、ここでは生ごみの堆肥化への協力者に「おうみ」を配布し、その堆肥でつくった野菜を「おうみ」で手に入れる事業(やさいくるプロジェクト)をはじめている。代表者がガソリンスタンドのオーナーで、店内にはリサイクル品も展示されており、そうした品物を「おうみ」でも手に入れることができる。現在、地元のNPOなどでもこの制度を活用したいとの申し出もあるが、このようにいくつかの団体や地域での多極分散型運営に移行したことは、相互交流やネットワークづくりという面においても大きな成果だった。



【問題点と課題】

 「おうみ」は、地域通貨の取り組みが全国に広がる前から運用を始めたことから、様々な問題に直面し、自力でその解決をしていくことが求められるなど、プレッシャーとの闘いでもあった。また、現在も実際に地域通貨を定着させていく上での課題は山積みになっている。市民や各種セクターが連携し、地域通貨を積極的に使わなければ、ものやサービスのやりとりの輪がどこかで途切れてしまうため循環しないのだが、ユーザーの確保や使える場の拡大、行政・市民活動団体などとの連携など現実には大変難しい問題が多い。この点から特にまちの財源や人材ならびに公共施設などの地域のリソースを持つ自治体には地域通貨を是非とも受け入れてほしいが、その際に財務上の取り扱いや条例改正などが必要な場合もあるようだ。また、「おうみ」が行政区以外のところでも活用されていることや、まだまだ制度的に確立したものではないため、未知のリスクもあるのではないかと考えているのかどうかは伺い知れないが、残念ながら地元自治体がこうした動きを支援することは言うに及ばず、地域通貨導入を検討するといった動きは無い。しかし、滋賀県野洲町のように先駆的に地域通貨を受け入れている事例もあり、今後の動きに期待したい。さらに、今後導入が検討されている地域総合カードとの関係など、より汎用性の高い地域通貨を成立させていくためには、地域の金融機関との連携も必要となるのではないかと考えている。

 次に、地域通貨はコミュニティのパワーを引き出すためにもその発行主体をNPOが担うことが望ましいが、その活動を支えていく基盤が確立されていないなかで共通の課題を抱えている。当委員会は、年間1万円の会費によって支えられるNPO法人だが、組織としての脆弱性や継続のための財政的な問題などがある。とりわけ、「ひとの駅」という拠点運営に関していえば、常にオープンするための人材や事業並びに事務を支えてくれるスタッフに費用負担が出来ず、相当な負担をかけている。また、家賃および運営のための必要経費についても現在は視察の際のカンパ協力などによりなんとかつないでいるが、独立独歩の取り組みとなっているため財政事情は大変厳しい。地域通貨という新しい概念の事業については、興味関心は非常に大きくそのための視察や研修は多いが、行政の助成事業・委託事業は万人が理解しやすいものやすでに評価が確定されているものを対象とすることがほとんどであり、新しいパブリックな価値を生み出すという創造的でアドボカシー的な事業には向けられない。

2001年度は滋賀県の「水といのち」をテーマとしたパイロット事業で助成金の交付を受けることができたが、一方で頻繁に行われる関連イベントや会議への参加が必要であったりして、大きな負担が伴ったのも事実である。そうした行事などに参加することは県内の団体や個人との交流やネットワークを広げると言う意味では大切なことだが、それを受け持つ専任の担当者をつけなければならない状況の中で、行政からの支援のありようについて考えさせられるものとなった。一方、滋賀県研修センターが実施した年間20日間に渡る研修に福祉部門に勤務されている2名の県職員が派遣されたが、これらの体験は双方にとってこれからのパートナーシップのありようを考える良い機会となったことは確かだ。

地域通貨の取り組みを始め、新しいパブリックの領域に属する活動を誰がどのよう支えるのか、あるいはサスティナブルなものとしていくためのしくみをどのように形成していくのかは今後の最も大きな課題だろう。



【最後に】

 最近になって、中小企業庁が「地域通貨を活用した商店街等の活性化に関する調査」を行うなど、中心市街地活性化の手法として地域通貨を活用しようとする動きも出てきているが、導入すればすぐにでも客が増えて店の売り上がというような短絡的で私益発想で地域通貨を導入しても本来の効果が生み出せない。地域通貨は社会問題の解決や地域経済の活性化の特効薬やカンフル剤ではなく、漢方薬のようなものだといわれている。何故ならば地域社会の体質を徐々に改善しその結果として循環型社会が形成されて地域経済の活性化にもつながるものだからだ。しかし、パブリックな価値を人々の善意の意識性だけに期待し、啓蒙していくだけではそうしたものに結びついて来ないのもまた現実の姿だろう。そうした中で、「おうみ」の名が三方よしの教えをつくったおうみ商人からあやかっているように、商店や企業(売り手)が儲かり、市民(買い手)も得をし、同時にコミュニティ(世間)も活性化するようなしくみとなるようにするため、現在NPOや商店街などと新規事業の調整を図っているところだ。

一方、行政側も地方分権が進み地域経営という総合的なマネジメントが求められている中で、地域通貨の活用を検討すべき時期に来ているのではないだろうか。厳しい財政難の中で独自の特色ある施策を考えていく場合、財源をどう確保するのかというところから始めるのではなく、財源が無いからこそコミュニティの潜在的なパワーを引き出すためにこうした手法を使うことが有効だと考えるからだ。

地域通貨は法定通貨のように法的強制力や国の信頼に基づいて流通するものでは無い。人々の信頼と信用がベースとなり、それを使う人およびセクターとの関係構築という実践的な要素が一番大切だ。また、単なる理想論やそれをシステムとして開発するだけではなく、市民がこのツールを自分たちの地域のために本当に役立つものとして活用できるようにしていくマネジメント能力を持たなければ決して広がらない。さらに、多くの人々に使われるようにするためには、できるだけシンプルでわかりやすく、使いやすくしていくことも必要だろう。こうした実践的な取り組みを担う輪の中に、行政が積極的にコミットメントすることは大きな意味を持っている。行政という抽象的な表現より行政職員と言っても良い。地域通貨の取り組みに限る訳ではないが、行政職員は地域のために自らの意志で関わり、最も自立した市民を代表する位の気概を持つ必要がある。教職員が教育の一環として学校の部活動を自主的に担うのと同様、パブリックな価値を創造するまちづくりの部長や顧問が数多く出てくるうようにならなければ、役所そのものが共益組織化し公共セクターとしての機能を失うことになるのではないだろうか。

 いづれにしても、地域通貨の取り組みはまだ始まったばかりであり試行錯誤の連続だ。しかし、このプロセス自体が市民社会の成熟と新しいコミュニティを形成していく力となることを信じて、組織的にも財政的にも非常に厳しい中ではあるが、今後も全力で活動を続けていきたい。

    地域通貨おうみ委員会 事務局長 山 本 正 雄







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